月夜見 “夏が来るぞ!”

         〜大川の向こう より

 
このところの気候は、
およそ季節感の豊かな国らしからぬ落ち着きのなさ続きで。
これはいよいよ地球温暖化が目に見えて来た証しかも…なんて、
その筋の偉い学者せんせえでなくたって、ふと思ってしまう今日この頃。
例年にはめずらしいほど雨もしっかり降ったその上、
気温の乱高下に振り回された六月が通り過ぎ。
ああまだ七月になったばかりなんだ、夏はこれからなんだなぁと、
大人が今更なことを言い。
その傍らで、大きなドングリ眸をくりくりさせながら、
そんなの、まだ蝉の声が聞こえないんだもん、当たり前じゃんかと、
この里で一番のわんぱく坊主が、
小さなお胸を張って言い返していたのが、つい先日のこと。
あれって確か、七夕の笹かざりを下げてたときだったよな、
季節の行事は…クリスマスツリーの飾り付けを例外に、
(※『
今年も来たぞ!』参照)
あのご一家がまずはの真っ先に手をつけなさり、
そんな様子を見て、ああそうだったそんな時期だったと、
周辺の家々もそれへ気がつくという順番なのだが、
笹かざりだけはお天気との相談にもなるため、
雨の多かった今年は やや遅くに立てられており。
手先が器用で色彩感覚もいいマキノが、
色とりどりの色紙細工を作って下げたのへと負けじとばかり。
笑顔の大口みたいな、真っ赤なスイカの切ったのだとか、
お盆と勘違いしたものか、ナスやキュウリらしき細長い楕円の何かとか。
明らかにルフィの作らしいものが ちらほらぶら下がる中、

 『……あれもクリスマスと混ぜちまったかな?』

本来は何か習い事が上手になりますようにだったはずが、
欲しいものへの願い事を書くようになってしまった短冊は今更の話。
ぶら下げるのじゃあなくってのしっかりと結わえる格好で、
天辺に厚紙で作った大きめの金の星が神々しく飾ってあったのは、
大人たちの間で 笑ってはいけないとしながらも、
坊やのささやかな勘違いの今年の番付中、
間違いなく上位に食い込みそうな大ヒットだったそうな。



       ◇◇


そんなこんなで“夏も間近いねぇ”と言ってた六月が、
途轍もない猛暑というフライングと共に去り。
アイスクリームよりもアイスキャンデーの方が食べたくなる、
本格的な暑さが顔を覗かせ始めて。

 「そんでもまだ朝晩の風は涼しいからね。」
 「そうそう。」
 「油断してっとウチの子なんて腹出して寝てるから
  気をつけてやんないと。」

大川を越えた向こう、大町の小学校へと向かうため、
中州の里の子供らが、
高学年になると毎朝通うこととなるのが、朝の船着き場。
無料の艀
(はしけ)が朝と夕方は引っ切りなしに行き来をしており、
サラリーマンやパートのおばさん、
中学生や高校生のお兄さんお姉さんも乗ってゆくのだが、
七月に入ると、高校生以上の学生さんはぱたぱたっと顔を見なくなる。
高校生は試験があってのことだが、
大学生は早々と夏休みになるからで。
まま、この里から大学までとなると、
一番近いところでもかなりの距離があるそうなので、
実家から通うような存在はこの何年も見ないのだけれど。
今年は曜日の兼ね合いからか、六月末から期末試験があったらしく、
週末が明けての まだ七月に馴染み切れてない4日の朝から、
早朝練習組以外、いきなり高校生の顔触れが見えなくなっており。

 「そっか、もう試験休みとかいうやつなんだねぇ。」
 「ウチはお兄ちゃんも○○から戻って来ててさ。」
 「そうそう、お兄ちゃん、就職はこっちで探すのかい?」
 「さてねぇ。」

大町の方へパートに向かうおばさんたちが、
朝も早よからお元気に喋っているのをBGMに、
今日は寝坊か、同じ組のウソップがなかなか来ないのを、
まあ待ってやらんでもいっかと見切りつつ、
順番が来たのでと乗客が降り切った艀へ乗り込んだところが、

 「よぉ、ゾロ。」

ようよう聞き覚えのあるお声をかけられて。
およとお顔をそちらへ向ければ、
いつもはもう少し遅いので渡るはずの人物がいる。
まとまりが悪いのは血筋のせいか、
弟と同じほど櫛との相性が悪いらしい髪を中途半端に延ばした青年が、
ソバカスの浮かんだ愛嬌たっぷりのお顔をほころばせて、
まだまだ小さな小学生剣豪を見下ろしており。

 「おはようございます。」
 「おお、おはよう。」

さすが礼儀正しいよなと感心しつつ、
そっちもわざわざ、年下相手に頭を下げて見せたのは、
こちらの剣道少年が仲よくしているルフィ坊やの兄、エースという御仁。
まだ小学一年生の弟がいるなんて思えぬほどに大人びている彼は、
やはり大川を越えた向こう岸の高校に通っているのだが、
確か彼もまた、早めに終わった試験の結果待ち、
つまりは試験休みとやらに入った身のはずで。
制服じゃあない、
タンクトップに裾を出したチェックのシャツを羽織っての、
ボトムは脛を出す長さのカーゴパンツという、
そりゃあ砕けた格好をしていることからして、
学校へ行く訳じゃ無さそうなのは伺い知れて。
だというに、小学生の登校時間の艀へ乗り込んで来たということは。

 「…あ。」

どういう判じ物だろかと、少々表情が止まっていたものが、
あっと何かをその胸のうちで拾ったというお顔になったゾロだったの、
そちらもちゃんと見届けてから、

 「そ。白髭の親父ンとこでバイトなんだ。」

にっかと笑ったのは、自慢の親父だと言いたいからか。
血がつながってる訳じゃあないが、
祖父扱いで慕っておいでの老爺が仕切る海があり、
そこの海水浴場の浜茶屋のお手伝いを、
それこそ中学生時代から続けておいでの彼なのは有名で。
以前は随分と荒れていた土地だったものが、
その白髭とか呼ばれている御仁の目が光り始めてからは、
怪しい商売者が怪しい屋台で不味いし高い氷を売り付けるでなし、
夜な夜な浜辺までテーブルを広げての、
強引さが悪質なキャバクラぽいビヤホールを広げるでなし。
ファミリー向けのそりゃあ健全な浜辺であり続けているのだとか。
ただ、夏の初めごろだけは、
そんな静けさの原因に気づかずに、
暴走族系のやんちゃたちが、
花火じゃキャンプファイアーじゃと、
夜中に爆音撒き散らかして乗り付るもんだから。
大人が出てくのもそれこそ大人げないとして、
まずはの先鋒として、こちらのお兄さんが駆り出されているのだそうで。
その最初の一晩だけで、
周辺一帯へ“火拳の夜叉復活”との噂がパッと広まるという、
おっかない凄腕とまでは、あいにくと此処では知られていない彼なのは、

 「ルフィがしばらくは愚図るかもだが、そこはよろしくな。」

随分と年少さんを相手に、多少は愛嬌を交えてとはいえ、
それでも礼儀を尽くしてのこと、
きちんと頭を下げての“お願い”をするほどに。
そりゃあ人当たりのいい青年だというお顔の方での、
通りがいいからに他ならず。
この里では知らぬ者のないほど人気者の無邪気なガキ大将、
あのルフィの兄でもあって。
年の差の分だけきっちりと子供扱いしている小さな弟さんを、
だがだが、こちらの彼もまた、
父上に負けない勢いで大切に思っておいででもあり。
だっていうのに、
この何年か、夏休みになると長々といなくなる身になってしまい。
そんな兄貴なの、
一人だけ海まで遊びに行くのはずるいと口では言いつつ、
内心、寂しいと思っている弟をちゃんと思いやってる彼でもあって。

 「盆には戻るし、
  それにそれまでのどっかで、
  向こうへ来ることになる連中だろけどさ。」

恐らくのきっと、
この小さな剣士さんに一番甘えている彼のこと、
駄々も我儘も この彼へ一番たくさんぶつけるに違いないだろうからと。
眉を下げての にひゃっと笑い、
よろしくなとわざわざ託すような言い方をする彼へ、

 「…うん。」

判りました…というお返事では何だか仰々しいような気がして。
言いようこそ短いながら、顎を引いての深々と頷けば、
ちゃんと通じたか、うんうんと頷いてくださった年上の兄様。
短く刈られたこちらの頭に、
もう大人の趣きの手のひら伏せて、ポンポンと撫でてくれてから、

 「ま、ぐずぐず言うのも最初の何日かだけなんだろけどな。」

それはそれで寂しいことだろに、
子供ってやつぁと わざとらしくも背伸びしたよな言いよをしてみせたお声が、
その語尾を、対岸へ到着するよという汽笛で塗り潰されて。
もうすっかりと真夏のそれのような陽の下、
片やはその向こうに学校のある商店街へ続く道へ、
そしてお兄さんのほうは、JRの駅のある大通りへと、
手を挙げ合っての左右に別れた二人であり。


  ラジオ体操に、朝顔やヒマワリの観察に、
  絵日記やプール、
  計算や漢字のドリルに自由研究…と。
  子供は子供ながらお忙しい夏が、
  さあ始まるぞ…というのへの前哨戦。
  まずは、
  何を話しかけても拗ねまくるだろう小さなガキ大将を、
  どうやって宥めたもんか、
  それへと想いを巡らせる、小さな剣豪様だったのでありました。







  〜Fine〜  11.07.06.


  *エース兄ちゃんの年を設定してなかったような気がしますが、
   確かこんなもんじゃなかったかなと。
   あんまりご登場していただいてなかったのに、
   こんなカッコで“弟をよろしく”と言わせてしまいました。
(笑)
   ウチは、他のシリーズでも、
   親バカなシャンクスさんよりかは
   ゾロの頼もしさを認めているエースさん、というスタンスなんで、
   こんな小さな年頃のゾロへも、弟をよろしくなと言えちゃうんです。
   でもって、
   あのとっぴんしゃんな弟自身を何とかは…しないらしいです。
   放任主義というか自立自存主義というか。(なんやそれ・笑)


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